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札幌高等裁判所 昭和43年(ネ)33号 判決 1968年7月16日

控訴人 正源寺政吉

右訴訟代理人弁護士 倉谷海道

被控訴人 松尾治一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によると、控訴人は、(イ)金額六万二〇〇〇円、満期昭和四一年一二月二五日、支払地上川郡美瑛町、支払場所富良野信用金庫美瑛支店、振出日同年一一月二四日、振出人住所上川郡美瑛町栄町三丁目、振出人有限会社松尾商会代表取締役松尾治一、受取人および第一裏書人藤田政春、第二裏書人享栄繊維株式会社、(ロ)金額二三万五〇〇〇円、満期昭和四二年四月三〇日、振出日同年四月一日、その他の手形要件および裏書欄の記載は(イ)と同じなる約束手形各一通(以下「本件各手形」という)の所持人であることが認められ、右認定を覆すべき証拠はない。

二  控訴人は、本件各手形に振出人として記載された有限会社松尾商会なる会社は存在しないから、被控訴人が右手形上の義務を負うべきであると主張し、被控訴人は、有限会社松尾商会というのは実在の有限会社カネ一松尾自転車商会を表わしたものであると争うので判断する。

≪証拠省略≫によると、有限会社松尾商会なる商号の会社が旭川地方法務局備付の商業登記簿上存在しない事実はこれを認めることができる。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、次の諸事実が認められる。

(一)  本件各手形の振出地(振出人住所)および振出人欄には「上川郡美瑛町栄町三丁目認証整備工場自動車オートバイ自転車各種販売修理有限会社松尾商会T458代表取締役松尾治一」と刻したゴム印と「有限会社松尾自転車商会社長之印」と刻した社長印との各印影を顕出して振出人の記名捺印としていること、

(二)  被控訴人は、かねて上川郡美瑛町において自転車販売修理業を営んでいたが、昭和二八年四月九日「有限会社カネ一松尾自転車商会」なる商号の有限会社を設立し(本店所在地は昭和四〇年七月一日に同町栄町三丁目六番地へ移転)、自らその代表取締役となって会社組織で営業を始め、当初は前記社長印のような「有限会社松尾自転車商会」の名称により同会社の実際上の取引をしていたところ、次第に取扱商品が自転車から自動車、オートバイにかわって来たため、右名称から「自転車」の文字を抜き、会社店舗には「松尾商会」なる看板を掲げ、前記ゴム印のような「有限会社松尾商会」の名称を用いて取引を行うようになり、手形取引においても右名称を用いるのを常とし、本件各手形記載の支払場所である富良野信用金庫美瑛支店は右訴外有限会社カネ一松尾自転車商会の取引金融機関であったが、同支店では右ゴム印を押した有限会社松尾商会名義の手形を右訴外会社振出しの手形として決済していたこと、

(三)  本件各手形は、被控訴人が訴外有限会社カネ一松尾自転車商会の代表取締役として、同会社が訴外藤田政春からオートバイ用皮ジャンパーを仕入れるにつき代金の前払いとして、昭和四一年一一月頃同訴外人に対して振り出したものであること、

以上の諸事実が認められ、右認定を覆し得る証拠はない。

右認定の事実によると、本件各手形に振出人として記載された「有限会社松尾商会」なる名称は、実在の訴外有限会社カネ一松尾自転車商会がその営業活動の実態の変化に伴い取引上自己を表わすために使用している名称であり、その表示上も公簿上の商号と全く無関係なものではなく、基本的な部分において近似しているということができるから被控訴人は右実在の有限会社カネ一松尾自転車商会の代表取締役として本件各手形を振り出したものと認めるのが相当である。そうすると、本件各手形については、右実在の会社である訴外有限会社カネ一松尾自転車商会が振出人として支払の責に任ずべきものであるから、被控訴人が手形法第八条により個人として本件手形上の責任を負ういわれはないといわなければならない。

三  控訴人は、本件各手形は、被控訴人が個人として有限会社松尾商会という屋号を用いて振り出したものであると主張するが、右主張が理由のないことは前項判示のところから明らかである。

四  以上の次第で被控訴人に対して本件各手形金合計二九万七〇〇〇円の支払を求める控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 黒川正昭 島田礼介)

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